秋空

空がオレンジ色に染まる夕刻。冷たい風が通り抜ける。 ついこの間まではセミの鳴き声を煩く思っていたのに、季節の移り変わりは早いものだ。 報告書を提出した帰り道、こんなときに人間ホッカイロがいたら調度いいのにな、と考えてみる。 「寒…」 ますます冷たい風が体を冷やし、ブルッと震えてしまう。 さっさと帰って風呂に浸かろう。シカマルは足を早めた。 街中に差し掛かると、休日前の為か人通りが多く、浮き足たっていた。 幸せそうに笑う人、そこら中で起きている小さな争い、それらを横目に見ながら足早に駆け抜けた。 人肌が恋しかった。季節がそうさせるのか妙に会いたい顔が頭に浮かぶ。 人間ホッカイロ、なんて名をつけたのが間違いだった。 元々プラスでもマイナスでもない"ゼロ"志向なシカマル。珍しく弱気なことばかりが思いついてしまう。 例えば…使い捨てカイロは暖かいうちはいいが、時間がたてば嘘のように冷たくなる。 人間ホッカイロもいつかは体温を失い、冷たくなる日がくるのかと。 今は好きだ好きだとベッタリ貼り付いてきていても、 この変わりやすい秋空のように気まぐれに気持ちが変わるんじゃないかと。 いつもは大して考えもしない不安にぶつかる。 ドシン! ぼんやりしていたせいで何かにぶつかリ、シカマルは尻餅をついた。 「すみませ…」 謝罪の言葉を言い切る前にグイッと腕を引かれ、体が宙に浮いた。 「ボケっとしてんじゃねーよ」 目の前にはタチの悪いヤクザ者…ではなく、くわえ煙草のアスマ。 「あ…」 いつの間にか街の喧騒は抜け出し、静かな小路に入っていた。 「大丈夫かぁ?」 ぶつかられた方がのほほんとした声で聞いた。 引き上げられたシカマルは、パンパンと尻の汚れをはたき落とし、 ようやく目の前の人物を認識した。 会いたかったその人が、今目の前に現れた。 「あんた…任務は?」 長期任務にでてまだ一月。最低でも3ヶ月はかかると聞いている。 今ここにいるはずもないのに。 「ん?貴重なお休みよ」 どんなに急いでも2日はかかる距離を…さらにアスマは続けた。 「ほら。秋の空と女心は何とかって言うだろ」 「女じゃねーし」 アスマの脇腹を殴りながらもシカマルは笑った。同じことを考えていたことが嬉しかった。 「しかもよ、お前去年さー、寒い季節に俺のことホッカイロ呼ばわりしてただろ?」 「…・・・」 自然に手を繋ぎ歩きだすアスマにシカマルは何も言えなかった。ギュッと繋ぐ手 は想像以上に暖かかった。 「そろそろ出番かな、と思ってよ」 夏には暑苦しかったヒゲがさらに不精に伸びていた。 それを指でいじりながらアスマは言った。 「使い捨てすんなよな」 「へっ。年中あっちっちなホッカイロなんか捨てるタイミングがわかんねーよ。 あんたこそ冬眠すんなよ」 「熊じゃねーし」 握った掌からだけではなく、くだらない言い争いさえ、ぬくもりを与えてくれた。。 シカマルの体はいつのまにか暖まっていた。 進路を変更してアスマの部屋へ向かう。 「何時まで、こっちにいるの?」 「んー…夜中にでる予定」 1日と少しで来たというから相当走って来たのだろう。なのに疲れた様子も見せず、アスマは笑っていた。 「これでよー、お前が任務にでて会えなかったら泣いてたぜ」 「キモいな。泣くなよ」 「だってよ、ちゃんと顔みるの一月ぶりだぜ?寂しかったしよー」 シカマルが言えない言葉をポンポンと放り投げてきた。 きっと部屋に入ればやることはわかっているが、今日くらいは素直に甘えてみようかと 思った。 そんな気分にさせる秋空。 「なんつーか、人肌恋しいよな?」 同調を求めるアスマの言葉には何も返さなかった。 かわりに、アスマのヒゲを思いきり掴み、顔を引き寄せた。 急にひっぱられ、大きな体はバランスを崩しかけた。 ちゅう。 「おわっ・・・!!!」 転びそうで転ばなかった上忍は、、間抜けな声をあげた。 紅葉に負けないほどに顔を赤らめたシカマルからのキス。 「くさいこと言ってんじゃねーよ、バーカ!」 繋いだ手をふりきって、シカマルは駆け出した。 熱い熱い秋の夜長は始まったばかり。 終。 戻る