白いシャツ

きっと、こんな時に限って。 太陽の匂いを吸い込んだ洗い立てのTシャツを着ているに決まってる。 いつもそうなんだ。 二、三日同じシャツを着てる時もあるのに、 何故かこんな時だけは綺麗にしてるんだから。 俺が血に塗れて帰る時に限って。 ベタベタと体に纏わりつく不快感を振り切るようにカカシは足を早めた。異臭を放つ汚れを洗い流したい。 自宅の付近も素通りしていつもの場所へ向かう。 力み過ぎたか自分らしくもないミス、油断した。返り血を浴びるだけでなく応急処置は施したものの出血 が酷い。 「……あー臭い臭い」 同じ臭いなら煙草臭い方がマシだとフッと笑い、いつもの部屋の窓際に辿り着いた。 部屋の電気はついていない。 (もう寝てるか…?) 玄関なり窓からなり勝手に侵入することは容易いし部屋の主もそれは何も言わない。 が、こんな日はやはりためらってしまう。汚れが酷い日は。 そうっと窓から中の様子を覗く。真っ暗で… ガラララ! 「何してんだよ」 「わっっ!!」 勢いよくあいた窓に驚きカカシは尻餅をつきそうになる。 「不審者め」 にやついて呟いた部屋の主は手に煙草を持っていた。 一服するために窓を開けたようだ。 「…やっぱり」 「ぁん?」 カカシの表情が曇るのをアスマは見逃さなかった。 寝ていようが、起きていようが留守だろうが、いつもならズカズカと上がってくるのだ。 「お前…怪我してんだろ…中入れよ」 「…でも」 「なんだよ。部屋はいつもどーり散らかってるぜ」 「知ってる」 「じゃあ何だよ」 「…シャツ」 真っ白な洗い晒したシャツ。 干した後の独特の太陽の匂いに煙草の匂いが混ざっている。 「シャツ?汚れても洗えば落ちるし」 「そうじゃなくて…」 何処の誰かもわからない汚れ血でアスマを汚すのが嫌だ。 太陽みたいに眩しいアスマを汚すのが嫌だ。 そんな考えを察知したのかしないのか、アスマはにっかりと歯を見せて笑った。 「ばーか」 太い腕に力強く引っ張られ、ゴロンと室内に転がる。本当に部屋は汚くて転がっただけで タバコの空箱や空き缶など、いろんな物がカカシに刺さった。 「痛…掃除しなよ・・・」 「だから汚いっつったろ?」 「・・・・ま、いいけど。優しくしてちょーだいね。いてて!」 「これが俺のヤサシサ」 さっさとカカシの忍服を脱がし、止血の手当てを行なう。乱暴な手つきだが無駄は一切ない。 「また1人任務かよ」 「慣れっこ」 はぁーと溜め息をつくアスマと逆に笑顔で答えた。赤く汚れていく白いシャツの端をギュッと握った。 「お前、忘れてるだろ」 「ん?」 「このシャツ…」 ------------------------------------------------------------------------------ カカシはアスマの背にもたれイチャパラ読書、アスマは煙草をふかしてのんびりしていた時のこと。 「良い天気だね」 「んだな」 「布団、干そうよ。煙草臭いし」 「めんどくせぇよ」 「俺、好きなんだよね。干したての布団って」 「知らねーよ」 「もういいよ!勝手に干すから!そこどいて!邪魔!雷切!」 「わ、わかったから!やるよ!やりゃいいんだろ」 2人してベランダに出て仲良くパンパン布団叩き。 どれだけぶりに外にだされたのか、無限じゃないかとおもうほど ほこりが舞う。 「アスマ…寝タバコ多過ぎ」 煙草の火に無残にあけられた穴があちこちに見られた。 「吸わないと寝れねー」 「今日はきっと吸わなくても寝れるよ」 眩しいくらい楽しそうに笑ったカカシに、アスマは目を奪われた。 それから雨の日が続き、布団を干す機会はなかった。 「だからさ、俺が夜遅い時はこれ着ててよ」 そう言ってカカシがアスマに手渡したのは新品のTシャツ。まるで新品のキャンパスのように 真っ白くて大きい一枚のシャツ。 「ちゃんと干したやつ着ててよ」 「俺は布団代わりかよ」 「うん」 そんなことであの笑顔が見れるなら安いものだと、アスマは引き受けた。 ---------------------------------------------------------------------- 「ってお前がいってただろ」 律儀に守っているアスマに、カカシは泣きたくなった。 いつ何処へ何日の何の任務かも話していないのに、何故かいつも干したてのシャツを着ている。 「…アスマみたいな無精者が毎日洗濯してくれてるの?」 「たまにだよ、たまに。気が向いた時だけな」 嘘ばっかりだとカカシは笑った。顔を赤くしているアスマを見る限り図星なんだろう。 「アスマー」 「なんだ?」 「ありがと」 「……礼言われる程のことじゃないし」 「今度、布団干してあげる」 「そりゃお前、自分のためじゃねーか」 赤に染まったシャツでもアスマは眩しいとカカシは思った。 だから此処に帰ってくるのだ。いつでも。いつまでも。 太陽の匂いが好きだという変わり者の恋人は、汚れて帰ってきたから部屋に入るのは悪い、と おかしなところで気をつかう。 「汚れたって洗えばいいだろう?俺もお前もな」 白いキャンパスを背に持つ男の言葉に、カカシはついに泣き出した。 眩しく見えるのもお互い様。
<あとがき> ここまで読んでいただきありがとうございます。 いつでもカカシ先生の帰る場所はアスマの隣であってほしいものです。 バカップルでもいいと思うw 戻る