FEMINIST

縁側に腰掛け、いつものように将棋盤とにらめっこ。 うんうん唸ること十分以上。 待たされている対戦相手は嫌な顔一つせず、髪をくくり直している。 ようやく打つ手を思いついたのか、パチリと駒が動かされた。 長い沈黙から脱出できたことにアスマはホッと息をついた。 「甘い」 パチ。 十数分の苦労は一瞬にして泡のように消えた。 がっくりと頭を垂らし、再びうんうん唸り始めた。 「弱いな〜」 「参りました…」 本日何度目かのこのやりとりに、アスマは苦笑するしかなかった。 「まっすぐ突き進むのもいいけどよー、もうちょい捻らねーとアイツに勝てねえぜ?」 「シカマルにも言われましたよ…」 盤の横に置かれたアスマの煙草とジッポをを一本拝借し、フーっと煙を吐き出した。 シカクが吸い始めたのを見て、ようやくアスマも本日初の煙草を口にした。 「今度やるか?お前の禁煙賭けてよ」 「え!?」 「シカマルの服に匂いが染み付いて臭い臭いって母ちゃんがうるせーんだよ」 リアルな家庭事情にシカクの本気さが見え隠れしているようで、 アスマはゾッとした。 禁煙…酸素や水が無くなることと同じくらいアスマには辛く不可能なことだった。 「冗談だけどよ。んな固まるなよ」 笑った顔もよく似ていた。 親子なだから当たり前なのだが、 シカマルもこんな風に成長するのだろうか。 「最近、うちの息子はどうよ?先生」 暮れかけている空を見上げながら、呟いた。 心配しているようでもあり、期待しているようでもあり。 場をつなぐただの世間話程度のようでもあり。 このゆったりとしたテンポの口調がアスマは好きだった。 「相変わらず、キレてますよ」 かつてのやる気無し男はどこへやら。 中忍になってからの伸び方は、ようやく目覚めた天才としか言いようがなかった。 戦略に限ればアスマ自身が助けられることもあるくらいだった。 天性のセンスのよさ。あわせてこつこつ影でおこなっている努力で 無限の可能性を秘めている、と贔屓目なしにしてもアスマは思っていた。 「まだまだ行動はガキだろー?お前もモノ好きだよ」 「……」 まさか話の方向をソッチに持っていかれるとは思わなかった。 当の昔にシカマルとの只ならぬ関係はバレているから 今さら怒られることはないと油断していた。 なんとなくバツが悪く、肩をすぼめるアスマにシカクは笑った。 「シカマルの気持ちもわかるけどな」 そう呟くとシカクは灰皿にタバコを押しつけ、火を消した。 静かに立ち上がり、上着を羽織った。 アスマは、その動作一つ一つに見とれていた。 やる気のない自分と違い、本当の意味で大人の余裕が滲み出ている 横顔がかっこいいと心から思った。 「お前はイイ男だからなぁアスマ」 ぽん、とアスマの髪に手が添えられた。 髪を引っ張られることはあっても、こんな風に優しく撫でられることはない。 さらに自分が考えてていたこととまったく同じことを口にされ、 柄にもなく顔を赤に染められてしまった。 「男も女も。中身が強いやつはかっこいいよなぁ。だろ?」 シカク流持論に、アスマは頷くことしかできなかった。 目を細め、ヒゲを触りながら語る彼に、何の異が唱えれようか。 まだ髪の心地よさの余韻に浸り、ぼーっとしているうちに シカクは身支度を終え、地に足をつけていた。 「またやろうな、将棋」 恋人によく似た笑顔を浮かべたところに、"ホンモノ"が帰宅した。 「悪い、遅くなった」 「お疲れ」 シカマルの姿と言葉にようやく正気を取り戻した。 「ん?オヤジ今から?」 「あぁ。珍しく隊長だ。どうだ。父ちゃんもスゲーだろ?」 先程とは別人のようにへらにへらとしまりのない顔。 「馬鹿か?上忍ならあたりめーだろ」 反して冷たい息子。 この温度差のある親子のやり取りを見るのも好きだった。 自分と父親にはなかった絵だからだろうか。 「さーて。行くかな」 パチンっとシカマルの額にデコピンを食らわし、シカクは二人に背を向けた。 「あーシカマル」 「なんだよ?」 「母ちゃん明日までいねーからよ。先生に泊まってってもらってもいいぞ」 その言葉にアスマは再びゾッとした。 裏の裏を読み…あの賭け将棋をやらせるつもりかと。 「…好きにするわ」 「じゃな」 ひらひら手を振り、シカクは消えた。 次へ