雨の日は好きになれなかった。独特の匂いが全てのモノに纏わりつき、嗅覚を鈍らせる。 そう。するはずもない匂いを感じたのも、鈍った嗅覚のせいなのだ。 全ては雨のせいなのだ。 恨むように、空を睨んだ。泣いてもいいよ、僕も泣くから。
朝から降り続く雨は、何年ぶりかの大降りになっていた。ゴウゴウと風も叫んでいる。 カカシは里を発つ時から、嫌な予感がしていた。雨の日にろくな目にあったためしがないからだ。 もっとも自分しか行くことのできないSランク任務、行くしかなかったのだけれど。 「あーあ。早くなんとかしてよねー、この雨。」 真っ黒い雲空から少しだけ顔をだす晴れ間に文句をつけた。雲の動きで隠れたり現れたりしている。 それは都合が悪くなると背を向けようとする、ある男に似ていた。 「隠れてないで、でてきなよ。」 いつも冷静で余裕にかまえていた彼は、実は人一倍情に熱く、カカシが野良犬が死んでしまった話をしただけでも 熊のような大きな体を丸めて号泣していた。誰よりも人のために涙を流すことを知っている。 「・・・泣き虫、アスマ。あんた、そこでも泣いてるの?」 もう一度、空にむかって文句をつけた。 雨の日は好きになれなかった。 あの日も今日ほどではないが強い雨が降る日だった。 独特の匂いは例外なく、全てのものに纏わりつき、嗅覚を鈍らせていた。 いつもは鬱陶しいほどに匂ったタバコの香りが、あの日は感じなかった。 晴れでも雨でも、いつでも匂ったタバコ。 後になって、その日はアスマが亡くなった日だと知った。 三日三晩、雨は降り続けた。静かに、降り続けた。 誰かが「空が泣いている」と例えていたが、それは違うとカカシは思った。 空じゃなくて、アスマが泣いているんだ。 誰よりも人のために涙を流す男だから、自分の痛みとか後悔とかより、 遺されたものの心配をしているに違いない。 そういう男なのだ。地上にいようが空にいようが、そういう男なのだ。 だから。 雨の日は好きになれなかった。 泣いているアスマは、見たくない。 「もう泣くなって・・・。」 何度もアスマの隣で言ってきた言葉を吐き出した。 背中をさすると、ヒゲまでびっしょり濡らした顔でカカシを見ていた。 「・・・・っ・・・おまえ・・・辛いよなぁ・・・。」 いつだったか自分の過去を少しだけ掻い摘んで話した時、そんなことを アスマは呟いた。 「アスマが泣くことないじゃない。」 「・・・グス・・・でもよぉ・・・辛いじゃねーか・・・。」 また激しく声をあげて泣き始めていた。 いかなる時も感情を押し殺すべき忍が、こんな大泣きするのもおかしいのだが、 カカシには大した問題ではなかった。 それよりも家族のいないカカシには、自分のことでこんなにも涙を流す男は初めてで 胸の奥がむずかゆくて照れくさかった。 それ以上に、熱くて嬉しさでいっぱいだった。 次へ